脳は膨大なエネルギーを消費して、その機能を維持しています。当研究部の永瀬将志らは、ニューロンの活動の中でも最もエネルギーを消費するシナプス伝達に必要なエネルギーがアストロサイトという非ニューロン細胞から供給されている可能性を証明し、成果を The Journal of Neuroscience 34: 2605-17, 2014 に公表しました。
この研究は、文部科学省科学研究費・新学術領域研究「脳内環境:恒常性維持機構とその破綻」の補助を受けて行われました(研究代表者:加藤総夫;研究課題:「シナプス伝達維持におけるアストロサイト・ニューロン間エネルギー共生機構の解明」)。
脳は膨大なエネルギーを消費して、その機能を維持しています。脳のさまざまなはたらきの中でも、興奮性シナプス伝達は、高速の情報処理を支える最も重要なプロセスです。脳が消費するブドウ糖(エネルギー)の大部分が、この興奮性シナプス伝達を支えるために使われています。
ところが、いくつかの矛盾があり、いったいどうやってこのエネルギー消費が支えられているのか、よくわかっていませんでした。
興奮性シナプス伝達は、最も多くのエネルギー(=ATP分子)を消費する過程です。
そのために必要なエネルギーがグリア細胞からニューロンにシナプス付近で供給されていることを永瀬将志ポスドクらが明らかにしました。
(1)ニューロンにはグリコーゲン合成酵素が存在しない。したがって、エネルギー源であるグルコースをグリコーゲンというかたちで保存しておくことができない。
(2)シナプスの前と後にはミトコンドリアが存在し、高度な消費を支えるべく、その場でATPが合成されうる。
(3)しかし、シナプスは血管や脳脊髄液から遠く、グリア細胞突起によって隔離されているため、ATPを合成するTCA回路にグリコーゲンを解糖したピルビン酸を供給するには著しく不利。
そして、
(4)シナプスを囲むアストロサイトはグリコーゲンを豊富に蓄えているものの、シナプスを囲むアストロサイト微細突起には、ミトコンドリアは少ない。
当研究部の永瀬将志らは、この矛盾を理解するために、アストロサイトが持っているグリコーゲン、特にシナプスを囲む微細突起に存在するグリーコーゲンが、何らかの形でニューロンのシナプス伝達を支えるエネルギー源として【シナプス近傍で】用いられている、という仮説を立て、モノカルボン酸トランスポーターに注目しました。この分子は、アストロサイトとニューロンの間のラクテートの輸送に関与し、ラクテートは、グリコーゲンからTCA回路に供給されるピルビン酸が合成されるまでの中間物質です。
永瀬たちは、ラット脳幹スライスを用い、延髄孤束核ニューロンにおいて、
(1)細胞外グルコース除去によるシナプス伝達抑制が外因性ラクテート補給によって減弱し、その効果がモノカルボン酸トランスポーター(MCT)阻害によって消失すること、
(2)細胞外グルコース存在下、MCT阻害によって興奮性シナプス伝達が抑制されること、
および、
(3)MCT阻害によるシナプス伝達抑制が細胞内ATP濃度の減少によって増大し、この増大が細胞内ラクテート添加によって消失すること
を示しました。
これらの事実は、シナプス局所において、グリア細胞とニューロンがあたかも一つの細胞のように協力し合って、豊富なエネルギーの蓄えから高度なエネルギー消費を維持し、シナプス伝達を確実に行える場を確保していることを示しています。脳の高速の情報処理の維持にグリア細胞が重要な役割を担っていることを示す発見です。