妊娠前~妊娠~分娩前後で,母体の脳内の扁桃体のオキシトシン応答が変化する事実をつきとめた鈴木二郎先生(産科婦人科学)の論文がNeuroendocrinolgy誌にacceptされました.
痛みや炎症などに伴う情動と深く関連する扁桃体中心核には,オキシトシン受容体が豊富に発現しています.室傍核ニューロンなどに由来するオキシトシンが,これらの扁桃体受容体に作用することによって,警戒レベルの低下など,さまざまな情動行動に影響する可能性が報告されています.また,オキシトシンには中枢性の鎮痛作用があることも知られています.この扁桃体中心核のオキシトシン受容体が,オキシトシンの「やすらぎホルモン」などと呼ばれる効果の一部に関連していると想定されています.
一方,生体において,一生で一番血流のオキシトン濃度が高まるのは,分娩時です(もちろん雌性においてのみ).オキシトシンは,分娩時に生涯最高値に到達し,子宮平滑筋の収縮をひきおこす分娩関連ホルモンです.それに伴って,分娩時に胎仔~新生仔の脳内のオキシトシン受容体が活性化されることはすでによく知られていましたが,動物を用いた研究から,母体の脳内のオキシトシン濃度も上昇することがわかっていました.しかし,その分娩時に上昇する母体脳内のオキシトンが母体脳内の受容体にどのように作用するか,調べた研究はありませんでした.
今回の論文で,我々は,交配前~妊娠中~分娩直後,分娩数日後の4段階の雌ラットの脳スライスの扁桃体中心核で,高速カルシウムイメージングを用いて,総計1,536個の扁桃体中心核の細胞の細胞内カルシウム信号を記録し,オキシトシン,高濃度カリウム溶液,および,アデノシン2リン酸の効果を連続的にイメージングしました.これらの薬物は異なる種類の細胞を活性化させると想定されます.その結果,オキシトシンに応答する細胞の数が分娩期に増大すること,またその種類が,分娩に関連したこれらの4段階で有意に変化することが明らかになりました.強烈な組織侵襲体験である分娩に伴う陣痛の記憶をいち早く打ち消し,母性を刺激する上での意義があるかもしれません.
この成果は,Neuroendocrinologyに掲載されました
Suzuki J, Nagase M, Sato N, Takahashi Y, Okamoto A, Kato F. Delivery-dependent shift in oxytocin-responsive cell population in the central amygdala of the female rat. Neuroendocrinology. 2022 Jul 4. doi: 10.1159/000525860. Epub ahead of print. PMID: 35785764.